やさしい人を見ると、ほっとすることがあります。
でも、ときどき少しだけ不安になることもあります。
だれにでもやさしい。感じがいい。ちゃんとしている。
そのはずなのに、
なぜか少しだけ距離を感じる。
どこまで近づいていいのかわからない。
ブスに花束を。の芦田陽介には、そんな静かな違和感があります。
もちろん、嫌な人ではありません。
ただ、そのやさしさがとても整っているぶん、
本音の置き場所が見えにくい。
だからこそ、陽介というキャラクターは、
ただの好青年では終わらないのだと思います。
陽介のやさしさは、相手を守ると同時に自分も守っているように見える

陽介は、だれに対しても感じがいい。
やさしくしていれば、角が立たない。
だれも傷つけずに済む。
自分も嫌われにくい。
そういう安全な距離を、陽介はよく知っているのかもしれません。
それはずるさというより、きっと生き方の癖に近いものです。
だから見ている側も、責めるより先に少し切なくなるのだと思います。
花子に踏み込みきらないのは、思いやりでもあり、こわさでもあるのかもしれない

陽介は、花子に冷たくはしません。
ちゃんと見ているし、気づいてもいる。
でも、決定的に踏み込むこともあまりしません。
相手を傷つけたくない。
でも、自分も深くは傷つきたくない。
その両方があるとき、人は少し整いすぎたやさしさを選ぶことがあります。
だから花子にとっても、
うれしいのに安心しきれない。
近いようで、まだ遠い。
その感じが残るのだと思います。
だれにでもやさしい人には、だれにも見せない疲れがあることもある

良い人でいること。期待を裏切らないこと。
空気を悪くしないこと。
それは立派です。でも、ずっと続けていると少し苦しい。
見ている側が陽介に違和感を持つのは、
その笑顔の奥に、まだ見せていない疲れや孤独を感じるからなのだと思います。
陽介が残すのは、やさしさの美しさより
“近づくことのむずかしさ”なのかもしれません。
やさしい人ってすてき、という単純な感想だけではなく、
近づくことはこんなにも繊細なんだという静かな余韻。
だから、このキャラクターは見終わったあとも心に残ります。
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陽介の距離感が花子の恋にどう影響するかを辿りたい方はこちらへ。
『ブスに花束を。』にある恋の痛み|”好き”の前で自分を小さくしてしまう時
“言葉にしきれないつながり”についてもう少し見たい方はこちらも。
『ブスに花束を。』に感じる不思議な引力|言葉にできないつながりをやさしく読む
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