「私なんて。」
「自分なんて。」
ずっと思って生きてきました。
いつからそうなったのか、もう覚えていません。
気づいたら、それが当たり前になっていました。
(「私なんて」って、便利な言葉なんですよね。使うと楽になった気がするから。)

「私なんて」を終わらせたかった
自分と対話して、呪縛を解いた日のことです。
なんとなく朝、目が覚めたとき、思いました。
もう「私なんて」このフレーズを終わらせたい。
自分のご機嫌を取って、らしく生きてもいい。
大きなきっかけがあったわけじゃありません。
ただ、なんとなく。
でも、その「なんとなく」が大事だったと今は思っています。
(理由がなくても、決めていい。それ自体が「私の人生を生きる」ということだったのかもしれません。)
毎日、言い聞かせた

「私は私の人生を生きる。」
毎日、自分に言い聞かせました。
最初は、抵抗がありました。
「強い言葉、使っていいのかな。」
「わがままじゃないかな。」
そういう思いが、すぐに出てきました。
だから言い続けました。
1ヶ月。2ヶ月。半年。
(呪文みたいに、ひたすら身体に染み込ませていきました。)
ここで少し、問いを置かせてください。
「私は私の人生を生きる。」
この言葉を読んだ時、あなたの心はどんな反応をしましたか。
抵抗があったなら、それも大切な答えなのかもしれません。
やっと、自分の言葉になった

7ヶ月が経った頃、気づきました。
「私は私の人生を生きる。」
この言葉に、抵抗がなくなっていました。
以前は「そんなこと言っていいのかな」と感じていたのに。
(7ヶ月かかりました。笑。でも、かかって当然だったと思っています。)
長年の「私なんて」は、そう簡単には溶けない。
でも、毎日少しずつ言い続けることで、静かに変わっていきました。
変わったのは言葉だけじゃありません。
鏡を見て「今日もかわいいね」と言えるようになりました。
自分のご機嫌を取ることが、わがままじゃないと思えるようになりました。
(「私なんて」と「今日もかわいいね」は、同じ私が言っています。人って変われるんやなって思います。)
あなたの中にも「私なんて」がありますか。
その言葉は、いつ頃から使うようになったのでしょう。
本当に、あなた自身の言葉だったのでしょうか。
その問いを、少し持ち帰ってみてください。
「私なんて」より、「今日もかわいいね」が少し増えました。
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