「私なんで生まれてきたんやろ?」
理由もなく、ふとした瞬間に浮かぶ問い。晩ごはんの献立を考えている時や、お風呂上がりにふと鏡を見た時。ちゃんと答えが出る気もしないのに、あいつ(問い)は突然やってきます。

答えを探すことに疲れ果ててしまった、そんなあなたへ。
今日は、ずっと抱え続けてきた「問い」の正体について、少しお話しさせてください。
答えを探していたけど、そもそも「クイズ」じゃなかった
いろんな分岐を感じながら、それでも答えを探し続けていました。
でもある日、ふと気づいたことがあります。
その瞬間、少し力が抜けました。
問いを持つこと自体が、あなたの「才能」かもしれない

何度も同じ問いを自分に投げかけて、答えが出ないたびに傷ついていた。
「なぜ生まれてきたのか分からない」という事実が、自分を疑うことに繋がっていた。信じることをやめた。疑いそのものが、今の自分になっていた。
問いは悪くない。でも、答えを出さなければという圧力が、問いを武器に変えてしまっていたのかもしれません。
問いを持つために生きている人もいる

でも、私たちのように「問い」を大切に温めながら歩く人は、その分、道端に咲く小さな花や、風の冷たさに気づける人でもあります。
答えが出ないのは、あなたが止まっているからではありません。
答えのない美しさを、丁寧に味わっている最中なだけなのです。
「私は、もしかしたら」
答えを出すためじゃなくて、問いを持つために生きている人もいるのかもしれない。余白の時間が必要なのは、そういう人なのかもしれない。
はっきりとは言えないけど、問いを持ったままでも人生は進んでいる。答えが出ない日が続いても、ちゃんと今日がある。
それだけで、じゅうぶんなのかもしれないから。
最後に、あなたに問いを置かせてください。
あなたは今、どんな問いを持っていますか。
答えなくていいです。「あぁ、私は今、こんな不思議な問いを抱えて生きてるんだな」と、隣に座る猫の背中を撫でるように、その問いをそっと労わってあげてください。
もし、その問いが少し重たすぎると感じたら、誰かに預けてみるのも一つの手です。言葉にすることで、問いは「武器」から「道しるべ」に変わるかもしれません。ただ、その問いの名前を、心の中でそっと確かめてみてください。
問いを持っていること自体が、あなたが真剣に生きている証かもしれないから。
あなたの内側から届いた、小さなサインに。
物語を鏡にして見えてきた、あなたの本当の気持ち。
一人で抱えるのが重たくなったときは、
そっと隣で並んで歩かせてください。
言葉にすることで、心は少しずつ呼吸しやすくなります。
