星問師(ほしといし)という名前を名乗るようになったのは、最近のことです。
でも、この名前を選んだ理由は、ずっと前からあった気がしています。
私は、人が自分を取り戻す瞬間が好きです。
「あ、そういうことか。」
「なんだ、私これでよかったんだ。」
そんなふうに、少し肩の力が抜ける瞬間があります。
その顔を見るたびに、私までうれしくなります。
だから私は、「答えを渡す人」にはなれませんでした。
ただそれだけです。
(それだけ、と言いながら、ここに辿り着くまでに何年かかったんやって話ですけど。)

占い師ではないと気づいた日
私は占いを否定したいわけではありません。
未来を知ることで救われる人もいます。
でも私が大切にしたかったのは、少し違いました。
「あなたはこういう人です」と答えを渡すことより、
「あなたは本当はどう感じていますか」と問いを置くこと。
その時間のほうが、私にはずっと大切でした。
未来を当てたいわけではなかった。運命を教えたいわけでもなかった。
ただ、目の前の人が「あ、そういうことか」と静かに腑に落ちる瞬間に、立ち会いたかった。
それだけでした。
(でも「そういうことか」って何?と言われると、うまく説明できなかった。けっこう長い間。)
答えを渡すことへの違和感

整体師として20年、人の身体に触れてきました。
身体の緊張は、心の緊張でもある。それは確信として今もあります。
でも施術の中で気づいていたことがあります。
整体をしていた頃から、不思議に思っていました。
私が治した、という感覚がなかったのです。
身体が変わる瞬間は、
その人が、自分の力を思い出した瞬間でした。
私は、そのきっかけを作っただけ。
星読みも同じでした。
「あなたはこうです」と答えを渡した瞬間、その人の中で何かが止まる気がしていました。
考えることをやめてしまう。自分で感じることをやめてしまう。
それがなぜか怖かった。
(答えって、渡し方を間違えると、その人の力を奪うんだと思っています。)
ここで少し、問いを置かせてください。
あなたは今、誰かに「答え」を求めていますか。
それとも、自分の中にある「問い」に気づきたいですか。
「星問」という言葉が生まれた理由

星に問いをかける。
星を通して、自分に問いをかける。
「星問(ほしとい)」という言葉はそこから生まれました。
占いではなく、問い。
答えではなく、余白。
導くのではなく、隣に座る。
私がやりたかったのは、ずっとそれでした。
名前がついた時、するっと腑に落ちました。
(長かった。本当に長かった。)
問いを届けたい理由

答えは、外側からもらえます。
でも問いは、その人の内側からしか生まれない。
私が届けたいのは、その問いが生まれるきっかけです。
「なぜ私はこうなんだろう」
「これは私の本当の気持ちなのか」
「この出来事は、私に何を問いかけているのか」
そういう問いが静かに生まれた時、人は少しだけ自分の人生に戻っていくそんな気がします。
それを星と一緒にやりたい。
(答えを渡す人ではありません。問いを置く人です。)
私は今日も、
答えを探すためではなく、
自分を思い出すために星を読みます。
あなたは、
今日、何を星に問いかけますか。
ひとりで考え続けても、同じところをぐるぐるしてしまうことがあります。
今じゃなくてもいい。
でも、今話したいと感じたなら、その感覚を大切にしてみてください。
話しながら、自分の気持ちが少しずつ見えてくる時間があります。
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物語を鏡にして見えてきた、あなたの本当の気持ち。
一人で抱えるのが重たくなったときは、
そっと隣で並んで歩かせてください。
言葉にすることで、心は少しずつ呼吸しやすくなります。

