これは、私が体験したことです。
正しいかどうかはわかりません。
本当に過去世だったのかも、わかりません。
でも、その体験から気づいたことがありました。
(スピリチュアルが苦手な方は、空想の話として読んでいただけると嬉しいです。)

誘導された先で、見えたもの
ヒプノセラピーの誘導を受けていた時のことです。
目を閉じていると、情景が見えてきました。
ある時代の、ある場所。
そしてギロチン。
首がコロンと落ちる瞬間を、私は見ていました。
というより、それは私自身の話でした。
(なかなかの体験です。笑)
目が合った瞬間、「この人だ」と感じた

誘導の中で、ある人が映像に現れました。
私の場合は、不思議なことに目を見ると「この人だ」と感じることがあります。
今世でも知っている人でした。
二人の関係性は、兄弟でした。
(なんだそうか、そういうご縁だったのかって。)
誤解されて、命を奪われた

なぜそうなったのか、誘導の中で次々と明かされていきました。
根拠のない誤解でした。
何かを誤解して、命を奪われた。
「誤解されて首をちょんぎるなんて、酷すぎる。」
その時、そう思いました。
でも同時に、気づいたことがありました。
「どうせ何を言っても、わかってくれない。」
そういう気持ちを、私はずっと深いところで持ってきたのかもしれない。
過去世から持ち越してきた感覚だったのかもしれません。
(そう思うと、少し腑に落ちるものがありました。)
ここで少し、問いを置かせてください。
あなたの中に「どうせわかってくれない」という感覚はありますか。
それはいつ頃から、そこにありますか。
「言えなかったから殺された」から「境界線」へ

この体験を見た時、私は「言えなかったから殺された」と思っていました。
だから最初の答えは「今世では言いたいことを言えるようになりたい」でした。
でも時間が経つにつれ、少し違うことに気づきました。
本当に必要だったのは、必死に理解してもらうことではなく、理解されなくても、自分を失わないことだった。
だから今は「言いたいことを言う」より「境界線を引く」に変わりました。
「ここまでは私。」と静かに線を引く。
それだけでいい、と思えるようになってきました。
「どうせわかってくれない」と思いながら、わかってもらおうとしてきた。
そんな繰り返しから、少しずつ離れられている気がします。
(まだ腹立つことはありますけど。笑)
「わかってほしい」と思い続けることをやめた時、少し楽になりました。
わかってもらえなくても、私は私でいられる。
相手は相手でいられる。
それが対等ということなのかもしれません。
あなたにも、「わかってほしい」と思い続けて疲れてきた関係はありますか。
その問いを、少し持ち帰ってみてください。
手放した分だけ、少し息ができるようになりました。
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