どこまでも自由に飛んでいきたい。
射手座といえば、遠くへ放たれる矢。冒険。探求。どこまでも広い空。
そんな月を持っているなら、さぞかし自由に生きてきたんでしょうと思われそうです。
でも現実は違いました。
疲れ果てて、帰ってくる繰り返しでした。
(なんでこんなに疲れるんだろう、ずっとそう思っていました。)

ホロスコープを見た日
私の月は射手座29度にありました。第2ハウス、自分の価値や豊かさの受け取り方を表す場所です。
サビアンシンボルを調べたら「肥えた草を食む太った家畜」と出てきました。
(射手座なのに、家畜?矢じゃないの?)
(しかも太った家畜って、どういうこと。)
最初、笑いました。次に、ショックを受けました。
(これ、冒険の話じゃなかったんか。)
サビアンの風景|草は、最初から用意されていた

美しい高い草地があります。
そこに、肥えた家畜がいます。
走らない。追いかけない。狩りもしない。
ただ、そこにいて、草を食んでいます。
草は最初から用意されていた。家畜はそれを知っている。だからただ、味わっている。
(これが私の月の設計だったのか。)
でも私は長い間、この草地に気づかずに、自分で弓を引いて獲物を追いかけていました。
疲れ果てて戻ってきたら、草はずっとそこにあった。
(家畜が冒険って、そんなわけないじゃん。笑)
サビアンシンボルが言っていること

射手座29度「肥えた草を食む太った家畜」が示すのは、射手座の長い旅が終わり、辿り着いた先で用意された豊かさをただ受け取るということです。
しかもこれが第2ハウス(自分の価値・豊かさの受け取り方)にある。
つまり私にとっての安心は、どこかへ飛んでいくことではなく、ただそこにいて、用意されたものを受け取ることだったんです。
でも長い間、それができなかった。
「存在しているだけで養われる」なんて、信じられなかった。
「受け取る」ということに、
どこか罪悪感がありました。
だからずっと疲れていた。
(最初っから草が用意されていたのに、わざわざ狩りに行っていた。笑えない話です。)
ここで少し、問いを置かせてください。
あなたは今、自分が受け取っていいものを、受け取れていますか。
太陽と月の葛藤|矛盾しているように見えて

魚座の太陽は「すべてを包み込む海」。
射手座の月は「最初っから草が用意されていた家畜」。
一見、矛盾しています。
人に寄り添いたいのに、ただ草を食んでいたい。
全部受け取りたいのに、のんびりしていたい。
でもこれ、矛盾じゃなかったんです。
草を食んで心が満たされている時、太陽はより清らかな状態で人に寄り添える。
つまり、のんびりすることが、戻ってくるための準備だったんです。
(なんや、ちゃんと設計されてるやん。知らんかっただけ。)
ここで少し、問いを置かせてください。
あなたの中に「矛盾している」と感じてきた二つの気持ちはありますか。
それ、本当に矛盾していますか。
だから私はこうだったのか

疲れ果てていたのは、欠点じゃなかった。
豊かさを受け取れなかったのは、弱さじゃなかった。
ただ、最初っから草が用意されていた月を持って生まれてきただけでした。
私が何に安心を求めていたのか。
遠くへ飛んでいくことじゃなかった。誰かに認められることでもなかった。
ただ、用意された草地に立って、「ここにいていいんだ」と感じる瞬間でした。
「やっぱ、そういう星だったんかい」
(最初っから家畜だったんかーい。笑)
あなたはどうですか。
あなたが本当に安心できる場所は、もしかしてずっとそこにあったかもしれません。
その問いを、少し持ち帰ってみてください。
私が何に安心を求めていたのか。
それは、
頑張り続けることではありませんでした。
「もう受け取っていいよ。」
と、自分に言ってあげられる場所だったのかもしれません。
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