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“本音で生きたい”の裏に、見たくない本音がある

心を整える

「本音で生きたい」
そう言う人は多い。
でも私は時々、そこに静かな違和感を感じます。
本音で生きたいと言う人ほど、本音を言っていないことがあるから。

やわらかな光の中で自分を映す鏡。表面の下に隠れている本当の気持ちを象徴する静かな風景。

人は「安全な本音」しか言わない

「自由に生きたい」「疲れた」「もっと自分を大切にしたい」

これは本音っぽく聞こえます。
でも実際の本音は、もっと醜かったりします。

誰かを見下している。嫌いな人がいる。認められたい。妬んでいる。
楽して愛されたい。傷つきたくない。責任を取りたくない。

でもそこは言わない。「嫌な自分」だから。

つまり多くの人は、受け入れやすい感情だけを「本音」と呼んでいます。
本音を言っているのではなく、綺麗な本音を選んでいるのかもしれません。

本音を隠している人ほど、やさしくなる

やわらかな光の中で静かに微笑む人。表面のやさしさの奥に押し込められた感情を象徴する風景。

本音を抑える人は、空気を読みます。
嫌われないようにする。相手に合わせる。

でもそれを続けると、だんだん自分がわからなくなる。
そして苦しくなる。

だから「もっと本音で生きたい」と言い始める。

でも実際には、本音を言えていないのではなく、本音を見たくないことの方が多いのかもしれません。

ここで少し、問いを置かせてください。

あなたが「本音で生きたい」と思うとき、見ないようにしている感情がありませんか。

本当の本音は、美しくない

やわらかな光と影の中に静かに存在する感情。美しくない本音が、そこに確かにあることを象徴する風景。

本当の本音は、もっとドロドロしています。

嫌い。怖い。羨ましい。さみしい。甘えたい。逃げたい。

でも人は、綺麗な本音を探したがる。
だから永遠に、自分らしさ探しが終わらない。

綺麗な本音だけを集めても、それは本音の一部でしかありません。
醜い部分を見ないまま「自分らしく生きる」ことは、難しいのかもしれないから。

本音で生きるとは、「嫌な自分」を認めること

やわらかな光と影が共存する静かな空間。綺麗な部分も醜い部分も含めた自分を受け取ることを象徴する風景。

本音で生きるとは、自由になることじゃないのかもしれません。

嫉妬も、怖さも、執着も、承認欲求も、認めること。
「私はこんなに綺麗な人間ではない」を受け入れること。

そこを通らない限り、本音はただの理想論になってしまいます。

でも、醜い感情があることは、悪ではありません。
人間だから当然です。

危険なのは、それをないことにすること。
見ない感情は、裏側からじわじわと、人生に影響し続けます。

だから本音で生きるとは、綺麗になることではなく、自分を誤魔化さなくなること。

そこから、少しずつ本当の自分が見えてくるのかもしれません。

ひとりで考え続けても、同じところをぐるぐるしてしまうことがあります。

今じゃなくてもいい。
でも、今話したいと感じたなら、その感覚を大切にしてみてください。

話しながら、自分の気持ちが少しずつ見えてくる時間があります。

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