昔、京都でスピリチュアルな集まりに参加した時のこと。
みんなが「曲がれ〜!」と必死にスプーンを曲げているなか、私のスプーンだけが、どうしても曲がらなかったんです。
あんまり詳しく覚えてないんだけど、器の話になって
その時、言われたんです。
「あなたは器が小さい」って言葉だけ残ってる。
柔らかい言い方なのに、ずしんと来ました。
今思い出してもそう感じるから、きっとあの時かなりショックだったんだと思います。
(柔らかく言われる方が、かえって深く刺さることがある。)

水瓶座の水星:騙されてたまるか、というやつ
私の水星は水瓶座にあります。
水瓶座の知性は、冷徹で客観的です。みんなが盲目的にひとつのノリに同調している空間に入ると、「え、それ本当に意味ある?」と脳が一歩引いて、シャッターをガシャンと下ろしてしまう。
つまり私のスプーンが曲がらなかったのは、器が小さかったからではありません。
その場の同調圧力に、私の知性が「騙されてたまるか」と強力なブレーキをかけて、自分の軸をガッチリ守り抜いたから。
知性の完全勝利だったんです。
(星に言わせれば、むしろ褒めてほしいくらいです。)
ここで少し、問いを置かせてください。
あなたも誰かの狭いマイルールで「あなたってダメね」と言われたことがありますか。
その言葉、本当に受け取る必要がありましたか。
本当の器の大きさとは何か

そもそも、スピリチュアルってスプーンを曲げることでしょうか。
本当の器の大きさとは、人生の理不尽な痛みも、嫌な人間関係も、最終的には「まあ、なんだかんだ感謝はしてるけどね」と、すべてを大きな海のように丸ごと包み込んで、大爆笑で笑い飛ばせる強さのことだと思っています。
ちっぽけなスプーンの曲がり具合でしか人の価値を測れない人の言うことを、まともに受け取る必要は1ミリもありません。
(あの時の私に言ってあげたかった。)
はい、除外!

もし誰かの狭いマイルールを押し付けられて「あなたってダメね」と言われることがあったら、心の中で不敵にニヤリと笑って、その人たちを人生のストーリーから「はい、除外!」しちゃいましょう。
私たちは、スプーンを曲げるために生まれてきたんじゃない。
自分という唯一無二の広大な宇宙を、面白おかしく、優雅に踊るために生まれてきたんですから。
(スプーン、今でも曲がりません。これからも曲げる気ありません。)
ひとりで考え続けても、同じところをぐるぐるしてしまうことがあります。
今じゃなくてもいい。
でも、今話したいと感じたなら、その感覚を大切にしてみてください。
話しながら、自分の気持ちが少しずつ見えてくる時間があります。
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